あの日、わたしはとんでもないところへ連れて行かれました。
これは、青トリさん(ヤマハ トリシティ155)と駆け抜けた、真夜中のわたしたちのフォトワークのお話です。
文:キツネのユリ
写真:ヤマヒロ + PENTAX K-1markII、RICOH GRIII
バイク:ヤマハ トリシティ155
撮影日:2021/08/05
真夜中のスクーター旅
夜勤から帰って、寝て、覚めて。
時刻は20時をまわっている。いつも通りの夜勤明け。
でも、この日のヤマヒロさんは買ったばかりのオリーブ色のジャケットに袖を通す。
「行ってくる。新しいバイクは保険がまだだから・・」
そう言うと、フロント二輪を器用にくねらせ、手慣れた感じで青トリさん(トリシティ155)を引っ張り出した。
夜に軽装で走りに行くのはよくあること。だけど、この日は明らかに重装備。
おまけに「気分転換しないとストレスで爆発する!!!」だとか
「いっぺん死ぬ気で行ってみよう。多分、死にはしないから…! 」とか。
冗談半分、本気半分くらいに物騒なことを言うものだから、ちょっと不安で。。
だから、わたしもスクーターの後部座席に乗せてもらって、いつもより少し遠くへ。
気が向いたら停まって休憩したり、突然現れる猫ちゃんに驚いたり、月明かりに照らされる海を見たり、狸(たぬき)に発狂したり・・
深夜も賑やかな海沿いの行楽地から真っ暗な山の中へ。そして人気のない町へ。スクーターで真夜中の小さなを旅をする。
行き先はお任せだけど、ヤマヒロさんは何も言わずに走り続ける。
どこへ行くのだろう?当てもなくどこまでも走って行くのかな…?
そう思い始めた4度目の休憩を終えると、時計と地図を確認しながら山の上にナビを入れ、来た道を引き返す。
時間に追われているのか。少しペースを上げると、車体を鋭く寝かせ峠道を右へ左へと駆け上がった。
夜明けの地平線
一面に広がる真っ暗な星空に光がさす。
「東の空に明るみが… 朝が来る。」
風とエンジンの音に掻き消されてしまうような小さな声で。それでもわたしは思わず呟かずにはいられなかった。
辺りは暗くてよく分からないけど、同じトリシティ仲間さんに教えてもらったという場所に到着したことをナビは示している。
「どうかな…?」撮影前の自己暗示のような。いつもの口癖をひとつ。
ヤマヒロさんは路肩にトリシティを停め、ジャケットの右ポケットからGRIIIを、トップケースからK-1IIを引き抜いた。
停めたところからは、月や星がまだ見える青黒い空と赤くほんのり焼けるような明るみが交わる地平線がよく見えた。
眼下を流れて行く雲をよそに、空は刻一刻とその色味を変え、夜明けの空に溢れるような明るみが少しずつ広がってゆく。
ぼうっとした明るみが夜空へ溶け出す。すると、ほんの数分間だけ、橙色と紫色が鮮やかに混じり合う夜明けの地平線を見た。
それは、まるで・・・
夢の景色のように、ただひたすらに美しい眺めでした…!!
雲の中でフォトワーク
このあと、太陽があの地平線から顔を出す…!
その予想は、不運にも外れることになる。
わたしたちが見ていた雲はみるみる大きくなり、空の半分を覆ってしまったのです。
「お天道様は気まぐれだ」とは言うけれど、素敵な眺めが遮られるように終わってしまった。
本当は残念なはずなのに、そんなことも気に留めないように、ヤマヒロさんは三脚に添えたカメラを振り回す。
写真の時に関してはヤマヒロさんは切り替えがとにかく早い。気持ちがついて行かないわたしはどうしてもそわそわしてしまう。
換算105mmのレンズで激しく圧縮される青トリさんと富士山
眠そうなヤマヒロさんと青トリさん
なんか出てきそうな黒い雲
やがて、雲が流れると空は焼け、山の峰に沿って雲海が広がった景色にふと息を呑む。
目まぐるしく楽しい時間はあっと言う間で、いつの間にかすっかりとよく知る朝の雰囲気になっていた。
機材を片付けるさなか、ヤマヒロさんはなんの前触れもなく、ひとつ大きなくしゃみをした。
ひんやりとした高原の風がそよぐ。
わたしも尻尾がふんわり揺れると、なんだかふとももが心もとない。
今度バイク用品店に行ったら「また乗せてもらうから!」というワガママを枕詞に、ちゃんとしたズボンをねだってみようという誓いをひっそりと立てたのでした。
夏露の森
気づけば2時間もとどまっていた撮影を終えて、自宅に向かって走り出す。
しかし、程なくして辺りには深い霧が立ち込めた。それは大気の動きが肉眼でも捉えられるくらいに。
普段以上に気を使ってアクセルを緩めながら走らせていると、少し開けた森から眩い光が刺した。
ヤマヒロさんが目で追っていたので、背中を軽く叩いてみる。バイクを止めてもらうときのいつもの合図だ。
「よし…!」
ひとりだと素通りしてしまったのだろうか。いつより明るい声でハンドルを切り返し、低くエンジンを唸らせながら反転させる。
この気軽に寄り道できる身軽さは、間違いなくバイクの中でもヤマヒロさんの日常に寄り添う青トリさんの強みなのだと思う。
木洩れ日が差す角度を計りながら、”森”と言うには少し小さな木々のある方へ寄せる。
程なくして、木の隙間から日差しが強くなり、光芒が辺りいっぱいに広がっていく。
幻想的な夏露の森にトリシティという今風スクーターはあまりにも不似合いで、まるで単身ファンタジーの世界に迷い込んだみたい。
そして、わたしには少し懐かしく胸がキュッとなるような森の景色がちょっとだけ。ほんのちょっとだけ広がっていました。
すっかり霧も晴れた頃、ふたたび走り出す。
逆光の眩しい朝日に照らされながら、風を切って走る青トリさんの後ろに乗っていると、不思議と前向きな気持ちになれる。そんなふうに思った。
ヤマヒロさんはいつも通りに、サンバイザーを下ろし、何も気づいていないそぶりでスピードを上げるものだからわたしはそっと、ヤマヒロさんの腰に手をまわした。
ヤマヒロさんと青トリさんと
あの日、わたしはとんでもないところへ連れて行かれました。
ほんの数分間だけ、橙色と紫色が鮮やかに混じり合った夜明けの地平線。
それは、まるで・・・
夢の景色のように、ただひたすらに美しい眺めでした…!!
ひと月前に新しいマシン買って、1人で3台も面倒見るなんてホントに大馬鹿野郎だと思ってた。
けど「大は小を兼ねないし、小は大を兼ねない。」と言うように1台1台素敵な思い出があって、みんな大好きなんだなって。
その中でも最初の1台、愛称すらついた青トリさんとは呆れるほどいいコンビで、たくさんの素敵な人との”縁結びのバイク”だったたみたい。
そしてヤマヒロさんの大好きなお話(わたしと同じで女の子がスクーターの後ろに乗って、消滅都市を旅するお話だ)
の主人公に憧れて「自分のできることで”幸せの運び屋”になりたい…!」と今でも変わらず口にする。
帰ってすぐに、まぶたが重そうなまま、青トリさんを磨き始めたヤマヒロさんの脇をつつくように
「わたしもトリシティを運転してみたいなー」と言ってみる。
するとヤマヒロさんは「ユリならホワイト、ペールブルーあたりかな」と。まるで答えを用意していたような口調で事もなげに言う。
寝ぼけてるのかな。それとも、また増車する気だろうか。
ガラスのように鮮やかで、時折青黒く輝く”青トリさん”だけはどうやら譲ってくれそうにない。
※この記事は半分くらいフィクションです!!!
プチギャラリー
この日撮った伊豆スカイラインの写真あれこれ。
構成上、載せきれなかった写真もいくつかあるよ。